My Style

日々の暮らしをシンプル・スマートに。

持たない暮らしの本質について考えてみました。

今日は午後から雨が…。

数日前から季節外れの風邪を引いたせいか余計に気だるいな。

 

そんな中、思うことがあって、ワードローブの整理。またも不要の服が出てきました。

稼働している服を除いて、不要選出の基準は「今の自分に似合うのか?」。

その結果、カットソーとニット数枚がその対象となりました。

 

年齢的なこともあるけれど、過去に似合っていた服が今でも似合うとは限らないのです。

大きく外す服は買ってなかったのですが、体型や顔つきは若い頃に比べるとどうしても「切れ」がなくなってくるので。←そこまで他人は見ていないのでしょうが、あくまで自分が、ね。

鏡の前で顔映りやシルエットを確認して、似合っていないことがよーく自分でわかったので、お別れすることにしました。 

ところで、「不易流行」という言葉が最近また好きになりました。

ご存知の方が多いと思いますが、ちょっと引用しますね。

不易流行とは…

(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)

俳諧の理念。松尾芭蕉が元禄2 (1689) 年冬頃から説き始めたという。一般には句の姿の問題として解され,趣向,表現に新奇な点がなく新古を超越した落ち着きのあるものが不易,そのときどきの風尚に従って斬新さを発揮したものが流行と説かれる。

(新明解四字熟語辞典)
いつまでも変化しない本質的なものを忘れない中にも、新しく変化を重ねているものをも取り入れていくこと。また、新味を求めて変化を重ねていく流行性こそが不易の本質であること。蕉風俳諧しょうふうはいかいの理念の一つ。解釈には諸説ある。▽「不易」はいつまでも変わらないこと。「流行」は時代々々に応じて変化すること。

 ネットで調べても解釈が微妙に違っているので、本当の解釈は松尾芭蕉のみぞ知る?なのかもしれませんね。

自分の解釈 

私の解釈は「人は人生を通して常に生まれ変わるもの。成長や心境の変化もあるし、そもそもその時代背景や置かれた環境も影響するわけだし。でも変わっていってもいいんだ。変わった自分も本来の自分でもあるわけだから」。

自分の経験してきたことが無駄に思えることもたくさんあるけれど、いっぱい失敗もしたことでMy Styleを一生かけて作っていく。自分を今完成させることを無理にしなくてもいいんだって。

モノの要不要を仕分けて片付けて、ミニマリストというものを知って、時には自分の過去を否定して。でも、自分を構成するのは過去の自分でもあるわけで。

「持たない暮らし」も、今の自分にとって大事なスタイルを手に入れるための手段。ここで終わりではなく、もっと自分がこうだ!って思えるものに出会うための過程や準備なのかもって思うのです。そしてその時に「余計なもの」を持っていないことはすごくプラスなはず。心置きなく踏み出せそうだから。こうやって、何かが変わっていくごとにリセット(持たない暮らし)して、また次のステップへ…と人生が続いていくのでしょう。

 

で、また巡ってくるのね。

さて、仕事で再度ファッションに関わることはない、と思っていたけれど、またついて回るようです。インプットがこちらのジャンルで増えると思います。おかしな話で、手放したほとんどのものがファッション関連だったのに(笑)。

なので、ファッションは一旦リセットした状況から改めて私の暮らしにも流入してくるかもしれません。ま、むやみやたらに手に入れることはしないつもりですし、手放し方も知っているので滞留することはないと思います。

それにしても、この時のために私はいろいろなものを手放したのかも、と思う日が来るとは自分でも想像できなかったな…。

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