My Style

日々の暮らしをシンプル・スマートに。

「形あるもの」が壊れる時。それは「次」へ踏み出すサインかも。

「愛」の終わる時(モノとの関係ですが)

できる限り余計なモノを持たずに、お気に入りだけを愛でる生活にしたいと思って過ごしています。

また、どんなに大事に思っていても劣化や陳腐化してしまったかつての愛用品たちを見送ってきました。

もちろん自分のブログでも、「一生ものというモノはない」と語ってきました。

ずっと使えるモノなど、そうそうないということを自分に言い聞かせるように。

そんな中、立て続けに愛用品を破損させる事態が発生。

一つは雑貨屋マディで買った茶碗(そばちょこ?)。

何年前か分からないけれど、和食器なのに洋風にも使えそうと思って2個購入。ほぼ毎日お茶を飲む時の湯のみ茶碗として交互に使っていました。

 

先日、あるサイトを見て「久しぶりに食器が欲しいな〜」という気にさせられたのです。それがこちら。

hokuohkurashi.com

hokuohkurashi.com

上記記事より引用しましたが、どれもこれもシンプルで使いやすそうです。

http://assets.kurashicom.com/blog/uploads/2012/08/teema1_allaitem2.jpg

で、このティーマシリーズを使っているシーンを想像しながらこれを洗っていた時に手が滑ってしまい・・・。

 f:id:kumitch935:20151027235639j:image

愛情が冷めたわけではないけれど、浮気気分でいたのは事実。それを察したのかは?ですが、あっけない最期でした・・・。

 

もう一つは、マーガレットハウエルのカーディガン。

先日「モノログ。(モノログ。 カテゴリーの記事一覧 - My Style)」の「G」の項で紹介しました。 

ありそうで見つからないチャコールグレーのツインニットです。

着すぎてだんだん表面がへたってきたので、今年が最後かな・・・と思って着用していましたが、本日急に裾からピーっと糸がほつれてきました。ガーン!!

さっきほつれた部分を引っ張ってみたら、さらにつるつると糸が抜けてパッと見た目はほつれがわからなくなりました。

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でも、やっぱりそろそろこのニットとお別れすることになるかもしれません。

その基準は、高い修理代を出してでも着続ける価値がこのニットにあるのかということ。これだけ着たのだから、もう充分に役目を果たしてくれたのではと思います。


モノが壊れるのは、次のステップに進むきっかけ?

「自分の身代わりに人形が壊れた!」って、ドラマや体験話で出てくるような話ですが、愛用品が壊れるのって、執着から離脱するための荒療治みたいな感じなのでしょうか。

無駄にモノを買うことはもうないと思うのですが、このままだと生活がアップデートしないままだったかもしれません。

何かのタイミングで殻を破ることが自分の暮らしの中で必要だったのかも、と思います。

今度久しぶりに食器を探しに行こうかな?

今年にニットは買い足さないけれど、来年は新しいニットを探す楽しみが増えるかも!

どちらも結果買わないままかもしれません。それでも、楽しい想像ができることに喜びを感じられるかもしれません。

そう、ストイックすぎるとミニマルライフは続けられないものだと思います。

 

さあ、ゆるーく考えてみようっと。