My Style

日々の暮らしをシンプル・スマートに。

苦い思い出と、新たな旅立ちと。

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唐突だが、私はコーヒーが苦手である。

理由?シンプルにあの苦味が理解できないからだ。

コーヒー牛乳は好き。

あ、あれは正式にはコーヒーじゃない、か。

それで言うと、コーヒー味のクリームが挟まったゴーフルも好きじゃないし、コーヒーキャンディも苦手。

不味いわけじゃないとは思っている。

嗜好の問題だ。

 

死んだ父は、コーヒーが好きだった。

商売で忙しかったかったこともあり、飲むのはもっぱらインスタントコーヒー。

たっぷり粉末状のミルクみたいなのを入れて、もちろん砂糖も入れて飲んでいた。

缶コーヒーも甘いのを飲んでいた記憶がある。

というか、当時の缶コーヒーってブラックコーヒーとか微糖タイプってあったのかな?

ちゃんとした(?)コーヒーを飲んだことがあったのかどうか、わからないままだ。

 

父が亡くなったのは15年ほど前。

11月の終わり頃の寒い日。

末期ガンでいつ亡くなってもおかしくない状況で、気持ちばかりの痛み止めを施され何とか生きていたのだった。

明け方、消え入りそうな声で私に「コーヒーが飲みたい」と父が言った。

私は慌てて主治医と看護婦さんを呼び、父の要望を先生に話をした。

「お父さんがコーヒー飲みたいって言うんですが、どう考えても無理ですよね。喉に詰まらせたら困りますし。」

先生も「◯◯さん(父の名)、コーヒーは無理だから、お水でどう?」と父に問いかける。

父はもういい、と言った感じで、コーヒーを飲むことを諦めてくれた。

先生たちが出ていった後、父はありったけの力を振り絞って私に「さようなら」と言った。

私は「お父さん、そんなこと言わないでよ!」と泣いた。

そしてその数時間後の朝、父は亡くなった。

母は父の入院中も店で働いていて、最後を看取れなかった。

気丈に振舞っていたが、火葬場まで行った時に近しい親族だけの前でこらえきれなくなって泣き崩れた。

母は私に、「自分の代わりに仕事を休んで看病してくれてありがとう」と言った。

実は父の息を引き取る直前、私は病室内だが少し離れたところにいた。

ふと振り向いた時が、父の息がまさに止まるところだった。

こんなにそばにいたのに、逝く時に手も握ってあげられなかった。

そして母にも申し訳なく思っている。今でも。

 

その後私はコーヒーを見るたびその時の罪悪感に苛まれた。

どうせ亡くなるなら、コーヒーを飲ませてあげればよかった。

飲めなくても、匂いだけでも(その匂いすらきっとわからなかっただろうけど)、唇に含ませるだけでもよかったのではないか。

 

コーヒーを飲む機会はお付き合い等でちょこちょこあるもので、自ら望んでいるわけじゃないが仕方がないので口にした。

でも、根本的に味が苦手なのと先述の呪縛があるので美味しく飲めないまま。

スタバに行っても飲むのはコーヒー系以外。

父に対するその罪悪感は年々薄れたが、コーヒーは別段好きになることもなかった。

 

ブログを始めた今年春、とあるブログに遭遇した。

コーヒーについて書かれていたブログ。

コーヒーは好きじゃないのに、そのブログにとても惹きつけられた。

偏見を持っていたコーヒーだったのに、何故か愛着のようなものが生まれてきた。

と言っても急にコーヒーが飲めるわけではない。しかし「自分でコーヒー淹れてみたいな」とまで思えるようになった。

豆の知識などもちろんない。

その人はアドバイスをくれた。

その豆を探そうとしたが、見つけられず。

結局まだ自分でコーヒーを入れていない。

でも、仕事で午後頑張るぞ、という時などにカフェイン補給と称してブラックの缶コーヒーを飲む機会が増えてきた。

コーヒーを見るたびまだ父のことは思い出すのだが、胸がチクっと痛むことはなくなっていった。

父も午後からもう一踏ん張り、と思ってコーヒーを飲んでいたのだろうか?

聞けないけれど、きっとそうだろう。

もっと美味しいコーヒー、飲ませたかったなぁ。

 

さて、私のコーヒートラウマを薄めてくれたその人は、ブログをやめた。

またきっとどこかで会えそうな気がするが、一旦はお別れである。

その人はきっといつかどこかでおいしいコーヒーを提供する人になるのだろう。

応援している。

と言っても心の中で応援するだけなのだが。

 

自分のブログに書くのもヘンだが、この場でその人に「ありがとうね」と言いたくて。

ここに書くと、残せるでしょう?

冷え込む冬の夜。

その人のネクストジャーニーの成功をそっと祈ります。

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